白い部屋の壁一面につくられた木製の本棚。建築関係の書籍や図面、作品が並んでいる

建築設計事務所の机の上には、建築の本ばかりが積まれているわけではありません。建築設備の分厚いマニュアルがあり、ホテル業界のビジネス本があり、そのとなりに妖怪学と民俗学の本が並んでいます。

設計事務所の中で普段どんなことを考え、どう手を動かしているのか。自分たちだけで書こうとすると、どうしても説明的になってしまいます。そこで、第三者に聞いてもらいながら話すという形で、事務所の進め方を客観的にご紹介していく連載を始めることにしました。

第2回は、読書について。事務所のウェブサイト制作を担当している株式会社ワールドリンクの上原が聞き手となり、代表・國清尚之に、実際に読んでいる本を並べてもらいながら話を聞きました。

案件が決まると、その業界の本は3〜5冊買う

上原 まずこの3冊ですが、ホテルの本ですね。建築の本ではないですね。

國清 そうなんです。「建築やってるのに、こんなの読んでるの」と思われるかもしれないんですけど、ホテルのプロジェクトが入ってきたときに、そもそもホテルのビジネスモデルって今どうなっているのか、というところから調べます。

ホテルビジネスの本、ホテル業界の教科書、小規模宿の本が積まれている様子
この日並んでいたホテル関連の3冊

國清 基本的には具体的な条件が決まった上でご依頼をいただいて設計が始まるんですけど、中には「だいたい何平米ぐらいでホテルを作りたい」くらいの、ふわっとしたご相談も多いんですよね。

國清 たとえば1室あたりの単価をいくらに想定するのか。2人泊まれればいいのか、4人なのか。話しているうちに「場合によっては8人泊まれるようにしたい」という話が出てきたりもする。

國清 なので僕らは設計の成果物を作って図面もお見せするんですけど、それと並行して、そもそもホテルビジネスがどういう体制で回っているのかを調べます。普段なにげなく見ているホテルにも、いろいろな分類があって。そのあたりの仕組みごと、業界そのものを深く学ぶということを同時にやります。

上原 付箋がすごいことになっていますね。

ホテル業界の本を開いたところ。小口に色とりどりの付箋が十数枚貼られている
業界そのものを学ぶために読み込んでいく

國清 僕もホテルそのものに関しては素人なので、1冊だけだとどうしても理解が偏ってしまいます。だいたい3冊から5冊ぐらい、そのプロジェクト固有のジャンルの本を買って勉強します。現在もですし、独立する前のスタッフ時代からやっていたことですね。

上原 毎回そうやって、ゼロから業界を学び直すんですね。

國清 ホテルはわかりやすい例なんですけど、たとえば行ったことのない地方のプロジェクトとなったときには、その街の5カ年計画とかまで調べます。行政が関わっていれば、今回の建築が動き出すもっと手前に、街としての構想があるわけですよね。

國清 なぜこの土地でこれを作ろうと思ったのか。その情報が僕らのところに来る前に、いろいろな経緯があります。だから実際にその土地に行って資料を集めます。地元の新聞まで出てきたりするんですよ。そこまで情報を集めたうえで設計を進めます。

上原 そういう計画も含めて依頼が来るんですか。それとも「こんなコンセプトで、こんなデザインで」とざっくり来るんでしょうか。

國清 行政だと基本的には公募という形になるので、設計の委託時点では要件はかなり積み上げられています。提出書類も決まっている。一方で民間からご相談をいただく場合は、「あなたにホテルの設計をやってほしい」ぐらいの、本当にざっくりした状態で来ることも全然あります。

國清 そういうときは、建物を作る手前の基本構想や基本計画、つまりクライアントのご要望を可視化するという作業からやります。そこに特化した業種の方もいますし、設計事務所によってはそこにはタッチしないという方針のところもある。僕は必要そうであれば、一緒に考えますというスタンスです。

図面が載っている本は、貴重

上原 こちらは、ぐっと専門的ですね。

『ディテールの教科書 防水・水仕舞い編』の表紙。矩計図を特集した帯が付いている
日経アーキテクチュア編『ディテールの教科書 防水・水仕舞い編』(日経BP)

國清 『ディテールの教科書』というシリーズですね。人気のシリーズで、リノベーションとか防水とか、すごく細かいテーマで1冊まるごと特集するんです。これは防水だけで1冊。

國清 開くと、いま話題の建築家の方々が、そのテーマについて語っている。自分たちがこれまで手がけた建物でそれをどう考えていたかを、文章と図面で解説してくれるんですよ。

國清 図面って、当然、設計事務所が描くものなんですけど、成果品として納品したときに、著作権が設計者ではなくクライアント側にあるということもあるんです。それもあってネット上でこういうものが出回ることは基本的にありません。

國清 建物そのものは見に行けるけれど、図面の上でどう考えていたのかは見られない。それが見られるというのは非常に貴重で、同業者としてはすごく勉強になるんですよね。

上原 実際に図面を見るのと、完成したものを見るのとで、印象が変わったりすることってあるんですか。

國清 変わりますね。図面だと分厚く見えていた部材が、行ってみると意外と薄く見えたり。逆に「図面上でなんでここのディテールをこうしたんだろう」と思って見に行ったら、意外としっくりくる、ということもあります。

上原 行けるところは、結構見に行かれるんですか。

國清 そうですね。ただ、個人の住宅だったりオフィスだったりすると、物理的に入れないところもあります。そういうものは図面だけで勉強して理解していく、という感じですね。

國清 それにディテールって、だいたい隠れているところなんです。屋根の内側とか。行っても見えない。納まりは図面上だと透視するように見えるんですけど、実際に行くと自分は床に立って見上げるわけです。そうすると、天井の裏とかがどうなっているかは見えないし、遠くてよくわからない。

國清 その見えないものを、僕らは図面上で「ここの出寸法をどのくらいにしようか」「この素材を何にしようか」と考えます。

上原 その「どれくらい飛び出させるか」「どういう角度にするか」は、どういう頭で決めているんですか。選択肢が無限にありそうで、どう決めているのかすごく気になります。

國清 基本的には無限にあると思うんですよ。ただ、ポイントはいくつかあって。

國清 まず性能ですね。排水の仕組みなら「このくらい出さないとダメだ」という標準的な性能を確保する寸法があって、国交省などが標準仕様をまとめていたりする。それに則れば基本的には大丈夫です。

國清 一方で見た目として、それだと分厚すぎるからもっと薄くしたい、とか。ここにアルミと書いてあるけれど自分はアルミじゃない素材にしたい、とか。どれくらい飛び出ると細く見えるか、どれくらいキュッとしていたほうが自分は好きか、というのもある。

國清 あとはコストです。コスト上この納まりは無理だよ、この素材は無理だよ、と。だいたいその3つですかね。

上原 ちょっと中を見てもいいですか。……めちゃくちゃコアですね。われわれが見ると、完全に専門書です。

國清 僕らには読みやすいんですけどね。素材も寸法も、全部細かく描かれています。しかもこれは、設計者が描いている図面よりもう一段階先の製作の過程に入っていて、施工者さんが実際にどうやって作ろうかと考えるところとほとんど一致しているんです。何なら現場で1分の1で描くような内容ですね。

設備の本は、投げっぱなしにしないために

『建築設備パーフェクトマニュアル2025-2026』の表紙。設備記号のアイコンが一面に並んでいる
山田浩幸『建築設備パーフェクトマニュアル2025-2026』(エクスナレッジ)

上原 次はこちらの赤い本ですね。

國清 建築設備の本です。僕は意匠設計という立場なんですけど、建築の設計者にはジャンルがいくつかあります。たとえば構造設計者は、どのくらいの太さの、どういう質のもので骨組みを作れば建物が問題ないか、という計算をして設計される方々です。

國清 設備設計者は、建物の環境性能全般を見るような感じですね。たとえば、この建物を作るときに周りにどういう上下水道があって、そこにどのくらいの水量をこの建物から流すか、ルートをどうするか。そういうことを設計されるジャンルの方々です。

國清 ただ、僕らが絵を描いて「あとは設備をやっておいてください」ということではないんです。当然、ここに配管スペースがいるから意匠的にここをこうします、という細かいやり取りになってくる。だから設備設計者さんがやってくださることを、ある程度のレベルまでは理解しておく必要があります。

國清 給排水はまだ良いんですけど、たとえば空調の設計は「クーラーがついていれば涼しい」みたいな話ではないんですよね。変な話、クーラーがなくても涼しい空間を作れる設計者さんもいる。風がすごくうまく流れるようになっていたり。

國清 そのあたりのノウハウを意匠設計者がちゃんと理解していないとまずいよな、と思っていて。組織が大きいと分業になるのであまり自分でやらなくてよかったんですけど、独立してくると、そこの認識も持ったうえで設備の方にお願いしたい。だから改めて勉強し直そうと思って、今読んでいるところです。

上原 防火とかも、そこに含まれているんですね。

國清 そうですね。火が起きたときにどう抑えるか、どのくらいの性能にしておけばいいか、という話です。一番わかりやすいのは雨かもしれません。

國清 雨が降って、建物がそれをどのくらい受け止めて、どのくらいの量を樋が流して、どこにどう接続するか。この全体の考え方は、意匠設計者がちゃんと考えなきゃいけないんです。

國清 「もう樋はいらないから垂れ流しでいいや」でも別にいいんですけど、そうすると落ちた先の地面にそのまま浸透していきますよね。それが敷地の外に対してどういう影響を与えるか。「こういう風にしてくれ」というルールが、その街ごとに定められていたりする。だから公共の配管との接続の協議もちゃんとしていかないといけない。

國清 ある程度の規模になると、そこから先の具体的なサイズ感やルート、技術的なところは「設備設計者さん、一緒にやってくれますか」となります。

上原 いや、大変だなあ、これ。デザインが決まった後にそんなことがあるの、という感じですよね。結構、地味なフェーズが多いんですね。

國清 そうなんですよ。エレベーターひとつでも、デザインに対して「いいですよ」と言うだけなら楽なんですけど、実際には見た目の話以外に、電気容量をエレベーター分見込まなきゃいけないという話にもなっていく。

國清 そういう地味に見える部分こそが、意匠よりも優先されるべき時もあります。使う人からすると、一番大事なので。

作品集は、年表として読む

上原 最後がこれですね。

國清 SANAAという、世界を代表する設計事務所の作品集です。初期のプロジェクトがまとまっているものですね。

『KAZUYO SEJIMA + RYUE NISHIZAWA / SANAA 1987-2005 Vol.1』の表紙。建設中の屋根の上で作業する人々を俯瞰で捉えた写真
『KAZUYO SEJIMA + RYUE NISHIZAWA / SANAA 1987-2005 Vol.1』

國清 作品集って、それごとにテーマを決めて編むものなので、古い建築の工事中の写真とか、当時考えていたスケッチとか、スタッフの方々しか持っていなかったような図面とか、そういう過程を見せてくれるものがたくさん出てきます。一個一個見ていくのが面白いし、ためになる。

國清 ただ、僕がこの作品集で一番いいなと思っているのは、そこではなくて。世界的な建築家が、いつ、どういうプロジェクトをやっていたかがわかることなんです。

國清 「勉強しよう」というスタイルとはちょっと違って、独立したからこそ、そういうところが気になって見えるようになった感じですね。意外とコンペに負けているじゃん、とか。実現しなかった構想案が前半にすごく出てきたりだとか。

國清 この「PLATFORM」というプロジェクトは、住宅なんです。業界的にもすごく有名なので僕も知ってはいたんですけど、独立してすぐ住宅を手がけていたのか、という解像度で見ていたら、その後、意外と家具の設計をやっているんです。建築家なのに家具をやるのか、と思われるかもしれません。

國清 僕も全然やりたいんですけど、クライアントはそこまで想像できないと思うんですよね。家具なんてやってくれるのか、興味があるのか、と。だけど独立して2〜3年目とかに家具をたくさん作っている。

國清 これはすごくいいなと思って。しかも、めちゃくちゃかっこいいんですよ。今見ると、妹島さんらしさがちゃんと見える。

國清 僕も普段、プロジェクトのご相談をいただいたときに基本的に断らないようにしている理由は、まさにそこで。どんな仕事でも、設計やデザインというプロセスを取る以上、建築家としてやるべきことは必ずあって、その人にしかできないデザインや世界観がある。

國清 そういうものを2〜3年やっていると、またその後に大きな規模のプロジェクトが来ている。つながっていってるんだなというのが見て取れるので、めちゃくちゃ面白いなと思っています。

上原 これが一番、もしかして面白いのでは。

上原 都市そのものの設計みたいなこともされているんですね。

國清 そうですね。むしろ、もっと上の世代、1960年代に活躍されていた建築家の方々は、だんだんスケールが大きくなって、最終的に都市計画に関わるということがよくありました。

上原 こういうプロジェクトって、どれくらいのスケジュール感で進むものなんですか。

國清 クライアントのご要望にも規模にもよるんですけど、戸建ての住宅ひとつだと、僕のイメージでは設計期間で1〜2年ぐらい。そこから工事が始まって1年もすれば建つので、全体で2〜3年ぐらいでしょうか。

國清 順調にいけば1年半とか2年で終わるものもありますし、逆にクライアントが急ぎではなくて、建築家もゆっくり考えたいというときは、設計を3〜4年やる、ということもたまにあります。

國清 ただこれ、なかなか難しいのが、期間が長いほど設計事務所は間違いなく赤字なんですよね。それに、締め切りが無限だと建築家が決めないという問題もある。ずっと別案を考え続けちゃうタイプもいて、僕も多分そっちなんですけど。締め切りが来ないと終われない。

妖怪と、民俗学の本

上原 そしてもう一群、まったく建築の本ではないものがありますね。

國清 主に大学院のときに読んでいた本ですね。妖怪とか、『都市空間の怪異』とか、そういう本を読んだりもするんですよ。大学院のときに妖怪の研究をしていたというのもあって。

妖怪と民俗学の本を俯瞰で撮影したところ。『犯罪の民俗学2』『都市空間の怪異』『「利他」とは何か』『日本現代怪異事典』『妖怪草紙』が広げられている

國清 この本には、なぜ都市空間で妖怪が見つけられるのか、なぜ都市空間で奇妙な現象が起きるのか、という話がまとまっています。つまり、空間の話になってくるんですよ。

國清 もっと妖怪から離れると、『犯罪の民俗学』という本があって。これは現代の社会においてどういう理由でその犯罪が起きているのかを、民俗学の視点から読み解いていこうというものです。当然そこには歴史が裏付けられていたり、空間の話も出てきたりする。

國清 建築の周りにある、まったく違うジャンルのこういうものが、僕は好きで。

結局これ、元をたどれば「人間って何なの」みたいな本なんですよ。

黒い本棚に並んだ妖怪と民俗学の書籍の背表紙。『日本現代怪異事典』『妖怪の民俗学』『都市空間の怪異』などが並ぶ
事務所の本棚。妖怪と民俗学の棚が一段を占めている

國清 それがやっぱり、ずっと好きなんです。たとえば最近「利他」という言葉をよく聞くと思うんですけど、人が現代においてどうやって生きていけばいいんだろうということを、専門の方々が文章にしてくださる。ああいうものを、建築と関係なく、終電とか空いた時間に読むのは昔から好きでした。

上原 妖怪と建築は、一見すると正反対に思えますけど、つながっているんですね。ありがとうございました。

この記事を書いた人 / AUTHOR

國清 尚之 NAOYUKI KUNIKIYO

一級建築士 | 株式会社國清尚之建築設計事務所 代表

1993年、山口県宇部市生まれ。九州大学 工学部 建築学科卒業。リヒテンシュタイン大学(スイスの隣にある小国の建築大学)に留学した後、東京藝術大学大学院 美術研究科を修了(修士研究は「21世紀の妖怪現象」というタイトルで、人間ではないものを通して現代を考えるテーマ)。都内の建築設計事務所で大阪・関西万博 会場デザインに関わる実務を経験したのち、2026年に株式会社國清尚之建築設計事務所を設立。日本建築学会の建築雑誌に文章を寄稿しているほか、出身高校の卒業生インタビューなどでも紹介されています。

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