ペンで描かれた建築のスケッチ。閉じ切らない曲線で場を構想する素振りのドローイング

独立してからというもの、息をつく瞬間が増えたように思います。前職の時に比べると、時間に余裕もあります。

長距離移動、スタッフを待つ時間、土日など、息をつきながら思考だけが続いている時間にやることを”素振り”と呼んでいます。

01 作品集を読む

最近は、篠原一男さん、安藤忠雄さん、伊東豊雄さん、SANAA、山田紗子さんの作品集をよく読みます。ちょうど一年くらい前に、建築家の桐圭佑さんと小俣裕亮さんと食事をしていた時に、お二人が「篠原一男の図面を見ると、建築作ってるなあと感じる」と仰っていたことがありました。そんなことを思い出しながら篠原一男さんの作品集を見ていると、建築家の理性、という解釈が私の中では一番しっくりきます。

平面におけるプロポーション、幾何学、構造のリズム、厚み、反復性など、建築が建築らしく留まり続けられる制約のようなものを感じます。ここで言う制約というのは、単に与条件といった意味ではなく、もっと業界としての作法のようなイメージです。この作法を破ってしまうと、建築特有の緊張感のようなものが図面上から無くなる感覚があります。

02 建築家の理性

建築家の理性、についてもう少し考察します。

篠原一男さんから少し遡って、前川國男さんの自邸(1942)に着目します。日本の伝統建築とモダニズム建築の融合を探求していた当時を想像すると、切妻屋根と末広がりの破風、立面中央の柱に、建築家の理性を感じます。この理性と引っ張り合うように、線対象を基本とした平面や中央吹き抜けの断面構成、建具の割り付け方が試行されています。建築家の理性とは、多くの方にとって馴染みのある部分の精緻さ、と言っても良いかもしれません。

また、伊東豊雄さんの中野本町の家(1976)における、玄関・点検口・リビングから中庭への開口部を、私は、建築家の理性と引っ張り合う部分として解釈しています。平面や断面における全体性が非常に強い建築であるので、機能を象るボリュームが異なる幾何学を主張していることが、理性を崩す働きをしていると思います。

そして、建築家の理性という切り口で私が一番感動するのは、SANAAの建築です。ベタな言い方をすると、建築における全体性にしっかり理性があります。この理性は、体験しているときにはほとんど認識できないのですが、その理性が体験の強烈さと引っ張り合っている、と私は感じます。中でも目を見張るのは、ROLEXラーニングセンター(2009)です。実際に体験したこともありますが、まず図面を見なければ、平面の外形が四角であることが分かりません。しかしながら、この四角い外形で無ければ、地形のような起伏の床も、内部に並べられた多様な居場所も、不定形な中庭の曲線も、作法を破っただけの緊張感のないものになっていたと思います。

建築家の理性を自覚し、それと引っ張りあえる部分を引き延ばすからこそ、新しい。それは、時代と個人が出会うからこそ生まれる衝突であると感じます。素晴らしい建築を部分的に模倣してもうまくいかない理由は、そこにあると思います。

03 納得のいく線

複数の幾何学を組み合わせて構成を探った建築のスケッチ

本題です。

自分が納得できる線が、少し前に自分が多く見てきた馴染みのある線、という可能性を考えます。しっくり来る、という感覚が抱えている功罪で、蓋を開けてみると、好きな建築の部分に近いだけの線、ということがあり得ます。

建築は、時代、敷地、プログラム、規模によって、固有のものであると同時に、建築家という最大の固有さによって、切り拓かれていくものです。私自身が設計に対して大切にしている考え方とも重なりますが、具体的なプロジェクトの中で研鑽を積めば良い話でもあると思いつつ、ここに”素振り”という訓練の必要性を強く感じます。”素振り”という訓練は、既視感からの脱却の可能性を秘めています。

なお、こうした設計の過程そのものについては、設計という行為をめぐる別のコラム「micro Re:construction」にも書いています。併せてお読みいただけると、”素振り”の位置付けが伝わるかもしれません。

いくつかスケッチを載せます。

二つの閉じた輪郭を入れ子にして場を検討した建築のスケッチ
曲線で囲まれた居場所を連ねて構想した建築のスケッチ
二つの円をつなげて空間の関係を探った建築のスケッチ
幾何学をつなげて閉じた平面を構想した建築のスケッチ

閉じ切らない曲線で場をつくる訓練、たくさんの幾何学をつなげて閉じる訓練、2つの閉じた線を入れ子にする訓練、2つの円をつなげる訓練、、、

どれも、具体的な与条件があるわけではなく、徐に気になった事柄に対して、ペンを走らせます。模写でもなく、文字お越しするわけでもなく、ただの線のみで気になったことを描き、それを考察します。具体的な与条件がないからこそ、無限に描き続けられます。描いた線に建築の場を想像し、次の可能性を見つけては線形的に更新し続けます。参照元が謎、となった段階くらいで止めます。

04 素振りの先

線を更新しながら場の可能性を探った建築のスケッチ

「時代と個人が出会うからこそ生まれる線」というものを目指して、しばらく”素振り”を続けてみようと思います。

線というのは、それだけで独り歩きした意味を持ち得てしまうものです。もちろん建築は2次元のものではありませんが、2次元の段階にこそ建築家の理性が宿ります。

いつか”素振り”が3次元になっていく、そんな本番に向けて、これまでの設計(Works)を私の理性と捉え、思考を続けます。

素振りから立ち上げた建築の検討模型

この記事を書いた人 / AUTHOR

國清 尚之 NAOYUKI KUNIKIYO

一級建築士 | 株式会社國清尚之建築設計事務所 代表

1993年、山口県宇部市生まれ。九州大学工学部建築学科卒業。リヒテンシュタイン大学に留学した後、東京藝術大学大学院美術研究科を修了。修士の研究テーマは「妖怪建築」で、都市で起きる不思議な現象を、妖怪を通じて建築空間に翻訳し直す試み。その後、藤本壮介建築設計事務所で7年間の実務を経験したのち、2026年に國清尚之建築設計事務所を設立。

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